どうしてモノを溜め込むの?|遺品整理で思うこと|動物の本能なら仕方ない

【お片付けマニアの独り言】お彼岸が来ると、遺品整理を思い出します。

人がモノを溜め込むのは動物としての本能だからという考察があります。

お片付けマニアを自称している私ですが、「お片付け」を仕事にすることはありませんでした。

そでれも義父母の家、親戚の叔母のマンション、実家の母の遺品、と3件の遺品整理の経験があります。

ほんとう、ほんとうにたくさんのモノを持っていました。

どうしてこんなにも部屋の中に多くのモノを溜め込むのでしょうね。

モノで溢れて、窓も塞がれて、昼なお暗い叔母の家を初めてみた時、人の家というよりは動物の「棲み家」のように感じました。

ホーディング(強迫性貯蔵症)の研究をしていたサム・ゴズリングの「スヌープ!あの人の心ののぞき方」にこんな一説があります。

昔の人たちが溜め込むのは、とくに食料に関しては当然のことだったし、動物ならいまだってそうだ。欠乏するときのための準備だ。人間と同じく、リスやカラスやネズミやハムスターの研究からも物を集めてくる習性は深く根付いたものであることはわかっている。ぼくたちは貯蔵する。
(中略)
もちろん人間の現代社会では、ほぼ一年じゅう食料も他の商品も手に入るから、ためこまざるえをえないいような状況もはもうなくなった。でも、収集する癖は何百万年もの淘汰をへて脳にすりこまれ、いまも残っている。

サム・ゴズリング(篠森ゆりこ訳、2008)「スヌープ!あの人の心ののぞき方」,講談社.(P221-222)

ふむ、なるほど。

片付けること、モノを捨てることが難しいのは、「動物としての本能が欠乏に備えて部屋にモノを蓄えようとすることに逆らう」ことだからかもしれないです。

そういえば義母は口癖は「私はモノのない時代に育ったから、モノが大切で捨てられないのよ。」でした。

お片付けマニアの嫁からしたら「戦後の高度成長期にいっぱいモノ買えたでしょ。もう十分満たされてきたでしょ。」とツッコミたいところでしたが、実際に口にしたことはないですよ。

さて、叔母の家は、昨今のテレビなどでセンセーショナルに取り上げられる「ゴミ屋敷」のような生活に支障をきたすほどの状態ではありませんでした。

でも、多くのモノが溜め込まれ、クローゼットの中には服が収まり切らず、寝室に山のように積み上がっていました。

そのほか、履ききれないほどの靴や持ちきれないほどのバッグ、「本当に一人暮らしなのか」と思うほど大量の、傘、アクセサリー類、人形、置物、食器、タオル、ハンカチなどがありました。

これらのモノの多さはもちろん、義母も実家の母もそうでした。

すべては終わったことですが、故人を思い出すことが、私にとっては大変だった後片付けのことばかりになってしまいます。

シニア世代にとって、身の回りの片付けは大切なことだと思うのですが、モノが多すぎると片付けの必要が分かっていても、大変すぎますよね。

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